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茨城県潮来市
真言宗豊山派 瑠璃光山
観音寺

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あけましておめでとうございます。本年も観音寺をよろしくお願い申し上げます。

皆様にとって飛躍の午年になりますようにご祈念しまして、元旦早朝より薬師護摩を修しました。お寒いなかご参加くださった皆様、ありがとうございました。朝の空気が凍てついて澄み、朝日も射して護摩の煙が白く映える中、我々の心も真っ白に心機一転できたような気がしております。

この日のこの空間だけの、特別な時間です。

もちろん、全国の壇信徒の皆様、そして日本中の諸精霊にむけてご回向いたしました。

皆様の本年のご活躍、ご健康をお祈りしております。

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「四月一日」というと、世間では新年度の幕開け(正確には2日からですね)、それにエイプリルフール、などのイメージがあります。

しかし日本の歴史上、我々が忘れてはならない大きな出来事の日でもありました。

それが太平洋戦争における沖縄戦の開始日です。1945年の四月一日、太平洋を征したアメリカ軍が日本本土上陸を狙うための拠点確保として、沖縄本島に上陸攻撃を開始しました。沖縄中部の読谷(よみたん)村の沖は、コバルトブルーの海が真っ黒になるほど軍艦が押し寄せ、沿岸に一斉砲撃をくわえた後、総勢力数十万人のアメリカ軍が上陸をしてきました。

兵力兵器ともに圧倒的に遅れをとっていた背水の陣の日本軍はみるみる間に敵の南下を許して、首里城の本陣を陥落されます。ここで降伏していたら、すでに出ていた大損害や大量の犠牲者をせめてここで止める事ができたのでしょうが。悲しいかな、当時の日本大陣営の指令は、全員玉砕の限界まで抵抗し、少しでも日本本土へのアメリカ進軍を引き延ばす事でした。

そのため、軍部はさらに沖縄南部の糸満の地へ引き下がり、最後の抗戦を行いました。この糸満へは、沖縄全体から民間人が避難しており、結果大勢の非軍人が無念のうちに巻き込まれ、大勢が軍国教育のもとで自決を迫られました。

沖縄全体が悲惨な運命に巻き込まれましたが、なかでも南部地域はその最たる地だった訳ですね。これは絶対に風化させてはいけない歴史です。平和が訪れた現代だからこそ、我々が語り継いでいかなければならない歴史です。

実はこの四月、沖縄糸満の地を家族で訪ねてきました。沖縄陥落の最期に大勢の住民が飛び降り自決をしたという、糸満最南端の断崖の海岸。そしてその周囲にある平和祈念公園もこの目で見てきました。美しい緑と海の青をもって迫ってくる絶景はとても印象的で、とても悲惨な過去が存在するなんて信じられないほどでした。

沖縄を訪れた理由のひとつは、この糸満に真言宗豊山派の唯一の沖縄寺院、長谷寺さんがお在りになり、こちらを訪れることでした。

ご住職の岡田弘隆先生は、元々東京でご住職と弁護士をされていて、七年前、観音様のお告げを受け、この戦争慰霊のために糸満の地に観音様を造立、長谷寺をお造りになられたのです。

さらにこちらの副住職は、私の修業時代の同期生というご縁があり、また自分も歴史にとても興味関心があるので、ぜひ糸満に行きたかったのですね。

 

長谷寺の境内にお邪魔すると、想像していた以上に身の引き締まる思いがしました。著名な彫刻家、松本先生が手掛けた観音様は吹き抜けの本堂に光を放っておられ、しばらくは見とれてしまうようなお姿をしていました。窓からみえる境内には南国の色鮮やかな花々が咲き乱れ、本堂には南国特有の湿度をもって風が心地よく流れ込んできていました。

また長谷寺さんの素晴らしさはその御本尊だけではなく、糸満の地域に密着し、ありのまますべてを地域の皆さんに解放していらっしゃること。たくさんのイベントや企画が催されていたり、またそのお手伝いをされているそうで、住職、副住職の生活スペースであるキッチンリビングすら、地域の方の会合所になっているそうでびっくりしました。

個人的には沖縄慰霊訪問の意味合いと併せ、長谷寺の岡田先生から学ばせていただいた事が数多くありました。この場をお借りして改めて御礼申し上げます。

 

また、沖縄に訪れる機会がおありの方は、是非、糸満市に足を伸ばしていただき、長谷寺さんにも御参拝ください。

沖縄で一番心が洗われる、そんな名刹であられると思っております。

 

沖縄山城間院 長谷寺

沖縄県糸満市潮平1番地

TEL 098-852-3533

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早いもので節分も過ぎ、どのご家庭も福をお待ちなのではないでしょうか。

街の店頭では、至る所でお雛様とお内裏様がにこやかに並んでいて、桃色一色です。春が待ち遠しいですね。

立春を過ぎると気候も穏やかになりますが、時たまやってくる余寒(春寒)はまだまだ身の締まる寒さ。今の時季の季節の挨拶も「余寒なお厳しい折」などと言います。皆様も流行り風邪にはお気をつけ下さいね。

さて、お寺のホームページとはいえ、バレンタインデーを素通りする訳にはいきませんね!

男性のみなさんは幾つになってもそわそわしておられるのでは?

キリスト教では聖人の記念日をとても大事にします。聖パトリックや聖バレンタインは我々も良く知る所です。日本ではチョコレートを送る日として聖バレンタインの記念日が有名ですが、本来の意味合いも知っておきたいですね。

同時に、仏教にご縁のある先人の記念日もたくさんあります。お釈迦様やお大師様のご誕生日などは、是非ささやかでもお祝いしたいものですね。4月8日の花祭りがお釈迦様のお誕生日。これは有名ですね。そして弘法大師様は6月15日です。全国のたくさんのお寺で誕生会が催されていますよ。

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虚空蔵菩薩ご縁日の月例護摩供養ですが、今月13日に当山内改修工事があります理由で、日時を11月20日の8:00に変更させていただきます。

なにとぞご理解のほど宜しくお願い申し上げます。

 

住職 合掌

 

茨城県行方市白浜260

稲荷山 成光寺

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だいぶ暑さも厳しくなってきました。皆さんいかがお過ごしでしょうか。

この日差しの強さでは、気軽な外出もままなりませんね。皆さんもお出かけの際は充分に熱中症にお気をつけ下さい。

さて、いよいよ当山のお施餓鬼会が迫って参りました。

 

お施餓鬼とは、飢え苦しみの終わらない餓鬼世界を彷徨う無数の餓鬼たちに施しを与え、その有り難い功徳を得て、自分たちの先祖に回向するということが目的となっています。

そもそもの起源は古代インド。「仏説救抜焔口陀羅尼経(ぶっせつくばつえんくだらにきょう)」という経典に記されています。

それによると、お釈迦様の10弟子のおひとりであるアーナンダが、ある時エンクという餓鬼に出会って言われました。「おまえはあと三日で死ぬ。そしてわたしのような醜い餓鬼になるのだ。もしそうなりたくなければ、三日以内に全ての餓鬼の飢えを癒しなさい。」餓鬼の数は無数にいます。困り果てたアーナンダはお釈迦様にたずねました。するとお釈迦様は、怖れるなアーナンダ、と、それに対処する供養法を授けて下さったのです。その通りに棚を設けて山海の食べ物を供え、たくさんの僧を呼んで共に供養したところ、アーナンダは事なきを得て長寿をまっとうできたのです。

これがお施餓鬼の由来であり、行事として古来より連綿と営まれて来たお施餓鬼の意味であります。

鎌倉時代以降は、現在のように故人・先祖の霊を供養するため行われるようになりました。

このお盆に近い時期に行う、ということにもまた意味合いがございます。それはまた改めて。

 

当日は大川僧正の有り難いご法話も頂戴いたします。壇信徒のみなさま、ふるってご参加いただけたらと思います。

当日も相当な暑さが見込まれますので、ご来山にあたりましては、充分に水分をお取りになっておいでくださりますよう、お願い申し上げます。

合掌

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6月10日、本日が暦上では入梅ですね。ちょうど先日、関東も梅雨入りという知らせを聞きました。

たしかに、近頃は雨で潤う日も多くなってきましたね。その分外出や行事の天敵でもあったりしますが。

この時季の雨や風の音に静かに耳を傾けると、これがまた気持ち良いものです。観音寺の本堂も、緑に囲まれるロケーションでこれに最適ですよ。キジもよく境内に遊びに来ていたり。観音寺は時候や自然を五感で感じられるお寺ですね。

 

8日は薬師堂で御縁日の護摩を御焚きしました。この日は汗ばむくらいの快晴でしたが、とても清々しい護摩の炎があがりました。壇信徒様のみなさんはもちろん、広くはあらゆる人々に御利益を回向いたしました。御薬師様もきっと厨子の向こうで晴れやかなお顔をされていたんではないでしょうか!

というわけで、毎月御縁日の8日に定例開催のお薬師祈願護摩、次回は来月、7月8日の朝8:00より、すこし早めの御祈祷です。宜しくお願い致します。

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おひさしぶりです。副住職です。

こちらでも御知らせしていましたが、本日13日、行方市白浜地区の成光寺において、護摩供を行いました。

13日は、成光寺護摩堂の御本尊、虚空蔵(こくうぞう)菩薩さまのご縁日。

ご縁日の祈願護摩は、いろいろなお寺で焚かれていますね。

当山、成光寺でも、お正月等の節目に護摩を行っていましたが、今月から毎月ご縁日に厳修してまいります。今日が記念すべき第一回!

といいますのも、私、観音寺の副住職が、5月から当・成光寺の住職を務めさせていただいているからです。文字通りの若僧ですので、護摩もたくさん焚き、もっともっと御本尊さまにも認めていただかなければならないですね。

ご参加いただけるだけでも、御利益はございます。虚空蔵さまは知性の仏様。かの弘法大師さんもこの仏様から絶大なる記憶力を授かりました。ぜひ、お時間ありましたら護摩をご覧になってみてくださいね。

ちなみに観音寺のほうは、8日のお薬師さまご縁日に行っています。お薬師さまは「薬」というだけあって、身体にかかわる良い効験がありますよ。当山の云われにまつわる小野小町のエピソードがそれを物語っていますね。

それでは、来月も厳粛に護摩を奉納いたします!

ご参加はお気軽にどうぞ!

 

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さてお知らせではありますが、来月から、当山観音寺と、当方の兼務寺である行方市白浜の成光寺におきまして、夫々の御本尊縁日に祈願護摩を行う事になりました。

潮来市上戸624 瑠璃光山 観音寺… 薬師如来縁日8日

行方市白浜220 稲荷山成光寺…  虚空蔵菩薩縁日13日

以上の縁日に、基本的に毎月護摩供養を行います。

※5月は、観音寺護摩は都合により7日に行います。

お時間は、それぞれ午前10時からを予定しております。

もし祈祷(ご参加のみでも結構です)のご希望がありましたら、お時間の工面もできますので、お気軽に御問い合わせください。

 

護摩供は、護摩木と供物を仏性の炎で焚き上げて御本尊様にお届けする、密教ならではのスピリチュアルな祈願。成田山や川崎大師さんでも有名ですよね。燃え上がる炎のなかに仏様のお姿を見た!という僧侶や信者さんも少なくありません。ご参加、ご参列いただき、その煙に触れていただくだけでも効験はあるんですよ。ぜひ、観音寺、成光寺でもお気軽にご体験ください。

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おはようございます!

まだまだ時折寒くなったり、はたまた日中は汗ばんだり。

この時候の過ごし方は少し難しいですね。お風邪等めされてないでしょうか?

 

さて、先日26日、ぼく(副住職)はといいますと、茨城県の北端・高萩市の豊山派寺院、大高寺さんのほうで、茨城県仏教青年会主催の震災慰霊法要に参加してまいりました!

大高寺さんにおじゃまする事、といいますか高萩の地に赴くのも初めてのことで。大変のどかで牧歌的な風景に恵まれた素敵な場所でしたが、やはり地理的には残念ながら、昨年の大震災による津波や放射能の影響を少なからず被ってしまった土地です。今回の慰霊法要は、この北茨城での尊い5名の犠牲者を含め、被災に遭われたすべての皆さんに仏法を回向するべく開催された一大行事で、県内中から気力と信心に溢れる僧侶が、この大高寺さんに結集しました。

写真でも少し御分かりになるかもしれませんが、ここ大高寺さんの別院には、ミャンマーやタイのそれと同様な、大変立派なパゴダがあるんです。パゴダとは、元来はお釈迦様の遺骨を分納してアジア各地に建てられた仏舎利塔であり、また後世は遺骨の代わりに経を納められたりしている、まさに信仰のシンボルです。

この大高寺さんのパゴダは、タイはバンコクのワットサケット師から寄贈された、由緒あるものなのだそうです。

法要当日も、沢山の壇信徒のみなさんが思い思いにご焼香やご祈念を捧げておられました。ぼくも並々ならぬ思いで、手を合わせて参りましたよ。

是非お近くを御通りの際は、大高寺さんにも足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

 

 

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本日、市の教育委員会さんの進行のもと、文化財薬師堂の説明・解説が記された案内板が、新しく立てられました。

ピカピカでいぶし銀。お薬師様の景観にもすごくしっくりきます。

本当に素敵ですね!

この薬師堂の創建のいわれや年代、様式は、中々複雑で理解が難しいと思うのですが、この解説はとても分かりやすく要約されているので、ご来山くださった方々にも親しんでいただけるのではないでしょうか。

門をくぐって、一番正面に見えてくるのがこの薬師堂で、その右脇に案内板がありますから、すぐ見つけていただけると思います。

お時間ありましたら、是非お参りにいらしてみてくださいね。

本日4月20日は「穀雨(こくう)」。春の初々しさが過ぎ、田んぼや畑を潤す恵みの雨が多くなる時季です。潮来の田んぼにも水が張られ始め、田植えの準備が始まっています。

観音寺も、春の恵みを一身に感じながら、ますますエネルギッシュに法務を行っていきたいと思っております。

こちらは薬師堂内部、お薬師様がお入りになっている厨子の屋根です。右上にはもうひとつ天蓋が吊るされているのがおわかりでしょうか。これも珍しい造りのようですね。